

ヤングケアラーとは
家族の中の祖父母・親・きょうだいの誰かの介護・ケアを担うの子どもを指しています。
厚生労働省のホームページでは、ヤングケアラーを10種類に分類しています。
現在では30代以降も支援の対象となっています
- 障がいや病気のある家族の代わりに買い物・料理・掃除・洗濯などの家事をしている
- 家族の代わり、幼いきょうだいの世話をしている
- 障がいや病気のあるきょうだいの世話や見守りをしている
- 目が離せない家族の見守りや声かけなどの気づかいをしている
- 日本語が第一言語でない家族や障害のある家族のために通訳をしている。
- 家計を支えるために労働をして、障がいや病気のある家族を助けている
- アルコール・薬物・ギャンブル問題を抱える家族に対応している
- がん・難病・精神疾患などの慢性的な病気の家族の看病をしている
- 障がいや病気のある家族の身の回りの世話をしている
- 障がいや病気のある家族の入浴やトイレの介助をしている
介護というと高齢者を思い浮かべるかと思いますが、10種類をみると、内容は多岐にわたり、決して高齢者の介護に限定されません。
少子高齢化、平均寿命が延びている、核家族化、共働きの家族、シングル家庭、定年延長など家族は多様化していています。そのため、ケアの担い手が減少し、子どもが家族をケアする状況が発生します。
※リンクをしている厚生労働省のホームページは、ヤングケアラーについての紹介であり、あしたのは、ヤングケアラー広報・啓発 ポスター・リーフレットの「かっこいい」に賛同するものではありません。

子どもとしての権利が守られていない
学業と家庭の両立が難しく、1年365日、24時間、心も体も休まらない状況に置かれていると学校の遅刻、欠席が増え不登校に繋がる可能性もあります。
また、きょうだいが複数いても一人だけが背負い込んだり、一人ひとり頻度や割合も違い、定義が難しいのが現状です。
負担が重くなると、自分の時間が取れない、宿題やクラブ活動、友人と遊べない、睡眠不足など子どもらしい時間が過ごせなくなります。
そうなると、家族は嫌いではないが家族の世話をすることがつらいというアンビバレンツな感情に悩まされることもあります。
ヤングケアラーは、
- ケアや障害のことをなかなか理解してもらえないため、友人や先生に話なせない
- 話すことでかわいそうな人と見られるのがイヤ、
- スクールカウンセラーに話すことは、特別対応だから避けてしまう
- 家族から家のことは外で話さないでと約束させられている
などの理由からストレスを感じていたり、困っていても受け入れてしまい、一人で抱え込んでしまっています。
ただ、自分からケアをしたいと思っていたり、家族のケアを通じた経験を何かしら役に立てたいという気持ちを持っているケアラーさんもいます。
また、親や祖父母、きょうだいなどの介護や心のケアを完全に辞めたいというケアラーさんばかりではありません。
今の生活を基盤としながら「どうやって仕事をしながら生きていけるのか」を知りたいと思っています。
社会資源・公的サービスなどを利用できることを知らないまま、孤立を深めたりしています。
本人の年齢や成長に見合わない責任や負担があることで、本来の子ども権利が守られていない状況です。

ヤングケアラーの実情
ケアをしている理由
家族に病気、きょうだいに障害があるや親が仕事で忙しいなど、一人ひとり環境に違いがあります。
ケアは労働とセットになっています。そして、無償です。
親が親らしく機能していない状態の中で介護することだけでなく、責任が過度になり、ヤングケアラー本人がいなければ家のことが回らない状態になっていきます。
お手伝いではない
お手伝いは、子どもが成長の度合いの中で、頑張ればできることで、そこで成功体験や感謝されるなどの気持ちを得られること。
社会にできる時に必要なスキルも育つため決して悪いことではありません。例えば、買い物に行って褒めてもらえたり、お小遣いをもらったりすると、達成感と次もやってみようと意欲にも繋がります。
しかし、ヤングケアラーの場合は、お手伝いからじょじょに負担が増え、年齢に合わないほどの重過ぎる責任や家事やケアが毎日継続的に行われている状態です。
透明な存在
本人が「お手伝いのつもりだった」という認識で、学校でも家庭内の問題と判断され、支援の対象になっておらず、見過ごされてきた。
ケアに携わっているにもかかわらず自分はメディアに登場するような深刻な状況ではないからヤングケアラーではないと思ってしまう場合もあります。
それが、相談に繋がらない結果にもなります。
20代以降も続いていく「終わらないケア」と、生きづらさ
ヤングケアラーの問題は、「子ども時代だけ」の話ではありません。
家族のケアや介護は、18歳を過ぎたからといって終わるものではなく、20代、30代、その先も長く続いていくことがあります。
子どもの頃から、家族を支える役割を担ってきたヤングケアラーは、勉強や部活動、友人との時間など、本来子ども時代に経験できるはずの時間を後回しにせざるを得ません。
その積み重ねによって、進学や就職など人生の選択肢が少しずつ狭まっていきます。
進学先や就職先も
「家から通えること」
「すぐ帰れること」
を優先せざるを得ず、本当は挑戦したいことがあっても諦めてしまう方も少なくありません。
さらに、治療費や生活費、きょうだいの学費、自分自身の奨学金返済など、若いうちから経済的な負担を抱えるケースもあります。
「子どもとして守られる側」ではなく、
“支える側”として生きてきた時間が長いのです。
年代ごとに変化する悩み
20代
進学・就職・一人暮らし・恋愛など、周囲が自分の人生を広げていく中で、家族を優先せざるを得ない葛藤が強くなります。
「家を離れていいのだろうか」
「自分だけ幸せになっていいのだろうか」
そんな罪悪感から、自分の希望を後回しにしてしまう方もいます。
30代
仕事で責任が増える一方、親の高齢化や介護負担が重なり、心身ともに限界を感じやすい時期です。
結婚や出産を考えても、
「家族を置いて自分の家庭を持てるのか」
という不安を抱えることがあります。
40代以降
長年“支える側”として生きてきたことで、自分の人生をどう生きたいのかわからなくなってしまう方もいます。
介護の長期化による疲労や孤独、将来への不安を抱えながら、「このままでいいのだろうか」と立ち止まる方も少なくありません。
「自分の人生を生きる」ことへの罪悪感
ヤングケアラーだった人の多くは、
「自分がいなければ家族が回らない」
という感覚を抱えています。
だからこそ、自由になることや、自分のやりたいことを選ぶことに強い罪悪感を持ちやすいのです。
本当は挑戦したいことがある。
でも、家族のことを思うと選べない。
そんな葛藤は、仕事、人間関係、恋愛、結婚、生き方など、人生のさまざまな場面に影響を与えていきます。
だからこそ必要なのは、「頑張り続けること」だけではなく、
自分の気持ちや人生にも目を向けること。
ケアラーとしてだけではない、“あなた自身”の人生を考えていくことが大切なのです。